今あなたのポケットにあるスマートフォンは、数百グラムです。1946年、「電子計算機」と言えば思い浮かぶ機械は、重さ約30トンで、広い部屋をまるごと占めていました。名前はENIAC。汎用の電子コンピューターとして最初のものと呼ばれています。
戦争プロジェクトとして生まれた
ENIACは、米国陸軍の弾道研究所のために設計されました。目的は砲兵の射表の計算、つまり砲弾をどの角度で撃てばどこに落ちるかを示す長い計算表を作ることでした。この表は、手で計算すると何週間もかかることがありました。
機械を設計したのは、ペンシルベニア大学ムーア電気工学部のジョン・モークリーとJ・プレスパー・エッカートです。ENIACは1946年2月14日の夜に公表され、翌日の2月15日に正式に披露されました。そのため資料には、2つの日付が見られます。
数字で見る巨人
Penn Engineeringのデータによれば、ENIACは約9×15メートル(30×50フィート)の部屋を占めていました。40枚のパネルが、正面から見ると長さ約24メートルの「U」の字を描いていました。
中には約18,000本の真空管、Wikipediaによれば約6,000個のリレー、70,000個の抵抗、10,000個のコンデンサー、約500,000か所のはんだ付けがありました。約150キロワットの電力を消費し、専用の電源ラインを持っていました。重さは一般に「30トン」とされますが、Wikipediaは、これが30ショートトン、つまり約27メートルトンだと述べています。
速度も、当時としては驚異的でした。毎秒5,000回の単純な加算や減算ができました。Pennによれば、手計算で12時間かかる弾道計算を約30秒で終えました。これはおよそ1,440倍の高速化です。
真空管は、ここで今日のトランジスタの役割を果たしていました。電流を入り切りするスイッチです。しかしそれぞれが電球のように熱を持ち、場所をとり、時間とともに壊れることがありました。ENIACの巨大なサイズと高い消費エネルギーは、大部分が、この何千本ものガラス管の合計から来ていました。
| ENIAC(1946年) | 今日 |
|---|---|
| 約30トン | 数百グラムのスマートフォン |
| 部屋いっぱいの40パネル | 手のひらに収まる機器 |
| 18,000本の真空管 | 1つのチップに数十億のトランジスタ |
| 毎秒5,000回の加算 | 毎秒数十億回の演算 |
| 約150kWの電力 | 数ワットのバッテリー |
6人の女性プログラマー
ENIACで最も長く見過ごされてきたのは、それを動かした人々でした。この機械には、今日の意味でのキーボードもプログラミング言語もありませんでした。プログラミングとは、ケーブルとスイッチを手で配置し直すことを意味しました。新しい問題を解くには、機械をいわば一から「配線し直す」必要がありました。
この仕事をした最初のチームは、6人の女性でした。ケイ・マクナルティ、ジーン・ジェニングス(バーティク)、ベティ・スナイダー(ホルバートン)、マーリン・ウェスコフ、フランシス「フラン」ビラス、ルース・リヒターマンです。Pennは今日、彼女たちを「ENIAC Six」として記憶し、結婚後の姓とともに一人ひとりの名前を挙げています。機械を設計した人たちの名前がいつも前面に出ますが、実際にそれを「話させた」のは、この6人のプログラマーでした。
一つの時代の始まり
Wikipediaによれば、この6人の女性は数学の教育を受けた優れた数学者で、卓上計算機で射表を計算する「コンピューター」(人間の計算手)のチームの中から選ばれました。まだプログラミング言語はありませんでした。ENIACの回路図と物理的な構造を調べ、スイッチとケーブルの使い方を自分たちで解き明かしたのです。今日のソフトウェア工学の最初の一歩のいくつかは、このケーブルだらけの部屋で踏み出されました。
ENIACの最初の本格的なプログラムの1つは、射表ではなく、熱核兵器の実現可能性の研究でした。約9年間、陸軍のために働き、その生涯の一部をアバディーン性能試験場で過ごしました。1955年、EDVACやORDVACといった新しい機械に道を譲りました。
ENIACの物語には、2つの日付、2人の設計者、6人のプログラマーが出てきます。でも本当の主役は、おそらくアイデアそのものです。電子回路が、人の手の何倍も速く計算できることを、具体的に示したのです。次世代のコンピューターは、プログラムをケーブルではなくメモリに保存する方向に進み、仕事はずっと柔軟になりました。
この30トンの巨人は、今日私たちが使うすべてのコンピューターの遠い祖先と見なされています。部屋を埋める真空管から、ポケットに入るチップへの移行は、わずか人の一生ほどの時間しかかかりませんでした。
80年後の誰かが、いまの私たちのコンピューターを見たとき、私たちがENIACを見るのと同じように見るでしょうか?